象徴天皇制 ― 2016年08月09日 11:31

 8月8日午後3時に天皇陛下のお言葉が放送された。初めは高齢になったので若い者と交代したいということだと思って聞いていたが、よく聞いているうちにこれは象徴天皇制そのものの話であると気がついた。
 神武天皇を始祖とする天照大神を祭る一族が各地の豪族を征服し大和政権を樹立する。その首長である天皇は政治的も軍事的にも最高の権力を維持する必要があった。その権力の維持のために、たびたび争いがあり、必ずしも安定した王朝ではなかったと思われるが、白村江の敗戦後の外圧を利用して、中央集権的律令制国家を創って天皇の地位を強化したのは天武天皇である。
 天武天皇から桓武天皇の頃までは天皇は名実ともに最高権力者であり、豪族あるいは重臣の推挙があってのことはいえ、皇族の世襲制が維持される。皇子が幼少では最高権力者としての役目が果たせないので、その場合は女性皇族が皇子の成長まで皇位につくこともあった。摂政を置くときも皇族であった。
 しかし、藤原氏が摂政関白に就くようになると、天皇は政治面での最高権力者とはいえなくなった。鎌倉時代、特に承久の変以後は完全に政治の中心からは遠ざかった。後醍醐天皇が一時親政を行うものの、失敗し、以後明治に到るまで、武家が政治権力者であり、天皇の役割は伝統文化の護持者というものであった。しかし、政治的権力者の地位を降りた天皇制は約1000年間にわたり安定した時期にあったといえる。
 明治政府は王政復古を旗印としたので、天皇親政の形を採用しようとするが、その実、その行動は内閣や軍部に制御される仕組みになっていった。「皇太子に生まれることは最大の不幸」と明治憲法を作った伊藤博文が言ったとかいう話があるが、明治維新政府の本質が分かっている者の本音であろう。実力は奪われているのに全責任だけがあるという天皇制は天皇家にとって無力で存続が危うい制度である。この明治憲法下の天皇制をわが国の国体と称して敗戦後も維持しようとした人達がいるが、その思いとは裏腹に、天皇制を安定して長期に守ろうとする人達とはいえない。
 幸か不幸か新憲法では天皇は国の象徴、国民統合の象徴ということになった。象徴、symbolとはなにか、ということは新憲法が制定された初めから国民にとってもよく分からないものであった。明治憲法下の制約のある天皇制を知る昭和天皇にとっても多くに政治家にとっても、象徴天皇は天皇制存続のための方便であるという程度の認識であったかもしれないが、それを継がなければならない皇太子にとっては方便では済まされないから、象徴天皇とは何かについて誰よりも真剣に考えておられたのではないか。そして皇位についたとき自分の考える象徴天皇の在り方を実践してこられたのであろう。そしてその経験から、この象徴天皇こそが天皇家を長期にわたり安定的に存続させる道であると確信しておられるのではないかと思われる。それ故にその役割を限りなく減少させることや代役を置くことは象徴天皇の意味を減じ、やがて天皇家の存在意義がなくなると感じておられるのではないか。
 生前退位は明治憲法的国体の維持を求める人にとっては認められないのかもしれないが、その国体こそ天皇制にとって危ういものであり、象徴天皇を実質的に機能させることが天皇家を守ることであり、そのためには高齢化して象徴天皇の任務を十分に果たせなくなった場合は退位して後継者に象徴としての役割を十分に果たしてもらうことが必要であるというのが、陛下のお考えであろう。
 つまり問われているのは、高齢化対策ではなく、天皇制の在り方そのものの問題なのである。