大統領の正義と首相の正義2014年04月28日 10:42

 正義は一つではない。しかし問題の解決を戦争で決しようとしたとたんに勝った側の正義がまかり通る。負けた側はもしその結果が気に入らず自分の正義を認めさせようとするのであれば再び戦争に訴えて勝つしかない。これが戦争によって問題を解決する時の掟である。古来人類はそうやって戦争をし続けてきた。
 しかし核兵器が使用された第二次大戦後にヨーロッパでは長年勝ったり負けたりしたドイツとフランスがヨーロッパの滅亡を避けるために和解し、現在のEUを作る歩みを始めた。マクニールは「戦争の世界史」の最後で人類史が世界帝国か人類の絶滅かという時代になったと述べている。EUの試みはまだ成功したとは言えない不安定な状態ではあるが、絶滅を避ける努力であろう。
 とはいえ、世界の現状はいまだ富国強兵を目指す新興国が勢いを増しつつある。今のところの世界秩序は最後の戦争であった連合国側の正義が貫かれている。ニュルンベルグの戦争裁判がおかしいと思うドイツ人がいてもドイツという敗戦国を代表する政治指導者は謝罪し続けなければならない。東京裁判がおかしいと思う日本人がいても日本を代表する政治指導者は謝罪し続けなければならないのが冒頭に述べた掟である。ドイツの指導者はその姿勢を守りつつ次の時代を探っているが、日本の指導者はそれをチャラにしたいらしいと思われている。
 安倍首相は戦後レジームからの脱却を主張する。そもそも「戦後」という、勝ったか負けたか分からない言葉使いがよくない。日本にとっては敗戦後である。首相のつもりでは、いわゆる戦後の左翼的風潮を変えたいということであろうが、世界で戦後レジームと言えば戦勝国の正義を意味する。従ってそれを覆すという姿勢は戦勝国である特に近隣の中国やロシアにとっては許しがたい掟破りに映る。米国も同じ思いであろう。
 琉球新報が日米共同声明に関する記者会見で、オバマ大統領が尖閣列島問題に関して米国の防衛義務を述べたあと「同時に私は安倍首相に直接言った。日中間で対話や信頼関係を築くような方法ではなく、事態がエスカレーションしていくのを看過し続けるのは重大な誤りだと」と発言した最後の「重大な誤り」というところを通訳が「正しくない」と意図的に誤訳して、これを大新聞もそのまま報じたと批判している。大統領はprofound mistakeと言ったらしい。アメリカ人がオーミステイクといって頭を抱えて自責の念に駆られる様を言うのだろうか。いずれにしても根源的な過ちということなのだろう。つまりは「不正義」あるいは「悪」ということであろうが、通訳は「不正義」というのは硬い表現なので「正しくない」と言ったのかもしれない。悪意のある誤訳とまでは言えないかもしれない。しかし、日本で「正しくない」と言われた相手が「正しくないとしても間違いだというわけでもない」という反論をすることは多い。「正しくない」というのは「正解でない」というだけで、100点満点ではないが60点は取れているということも含むと主張できる表現なのだ。
 「悪意」があったかどうか別として、正義はなかなか難しい。むろん戦争によって決着をつければいいとも言えない。